

近年、サイバー攻撃の手口はますます巧妙化しており、企業の情報資産やインフラを狙う脅威は拡大の一途をたどっています。なかでも深刻な影響を及ぼしているのが、「サプライチェーン攻撃」と呼ばれる攻撃手法です。
このアプローチは、自社のセキュリティではなく、取引先や業務委託先といった外部組織の脆弱性を足がかりにシステム内部へ侵入する点に特徴があります。このため、従来の境界防御的なセキュリティ対策だけでは対応困難であり、リスクマネジメント上の大きな盲点となっています。一度侵入を許すと、機密情報の漏洩や業務インフラの停止など、事業継続に甚大な影響を及ぼすケースも後を絶ちません。
本記事では、サプライチェーン攻撃の本質を紐解くとともに、国内外における代表的なインシデント事例や典型的な攻撃プロセスを取り上げます。さらに、企業が講ずべきリスク低減策や多層的な防御アプローチについても解説いたします。サプライチェーン全体のセキュリティレベルを引き上げ、ステークホルダーとの信頼を維持するための一助となれば幸いです。
目次
サプライチェーン攻撃とは、標的企業そのものではなく、その周辺に位置する取引先や外部委託先など、連携先のセキュリティホールを起点にして仕掛けられるサイバー攻撃の一形態です。攻撃者は、防御体制が相対的に脆弱なパートナー企業を足掛かりとして侵入し、最終的なターゲットである本体企業への攻撃を実行します。
代表的なケースとして、ソフトウェアの開発会社が提供するアップデートモジュールに悪意あるコードを潜ませ、それを顧客企業が導入したタイミングで内部ネットワークへの侵入を果たす手法が挙げられます。堅牢な防御を備えた大企業を正面から狙うよりも、セキュリティ対策が甘い中小規模の委託先やベンダー経由で突破口を開く方が、攻撃者にとっては効率的かつ成功率の高い戦略といえるでしょう。
この種の攻撃は、単一企業に留まらず、広範囲な被害を誘発しやすい点が大きな脅威です。さらに、侵入経路が複雑かつ間接的であるため、インシデントの検知や対応が遅れるリスクも孕んでいます。サプライチェーン全体が複数の組織と技術基盤で構成されている現代においては、一つの脆弱性が連鎖的に甚大な影響を引き起こす可能性があります。
DXの進展とともに、クラウド環境の活用や外部サービスとの連携が常態化する今、自社の防御力のみならず、取引先・委託先を含めたセキュリティ・エコシステム全体の強化が急務となっています。企業はもはや“単独で守る”という発想から脱却し、“全体最適の防衛体制”を構築する必要があるのです。
近年、サプライチェーン攻撃のインパクトは非常に大きく、被害規模や影響を受けた企業は枚挙に暇がありません。ここでは、とくに代表的な海外と国内の事例に焦点を当て、攻撃者の手口と被害の実態を紹介します。
2020年に発覚した「SolarWinds社に対するサプライチェーン型侵害事案」は、米国の民間企業および政府機関に深刻なインパクトを与えた象徴的なセキュリティインシデントです。同社が開発・提供するネットワーク管理ソリューション「Orion」の正規アップデートプロセスに、高度に偽装されたマルウェア「SUNBURST」が組み込まれ、結果として約18,000の顧客環境に配布される事態となりました。
この不正コードを経由して侵入した攻撃者は、対象システム内で長期間にわたり潜伏活動を行い、セキュリティログの回避や権限昇格を駆使して、国家レベルの機密情報へと静かにアクセスしていたと報告されています。影響範囲は米国連邦政府の中枢機関にまで及び、国家安全保障の観点からも極めて重大な問題として国際的に波紋を呼びました。
当該事件は「信頼されたソフトウェア供給経路を攻撃対象とする」という新たなサイバー戦略の幕開けと見なされています。この事例は、単なる技術的脆弱性ではなく、サプライチェーン全体に対する信頼の構造そのものを突く戦術の脅威性を浮き彫りにしたものです。
日本国内においても、サプライチェーンを介したサイバー侵害事案が複数報告されており、NECはその代表的な例として知られています。
同社では2016年以降、外部からの不審なアクセスが継続的に観測されており、特に2017年および2018年にかけて異常通信の兆候が複数回検知されました。内部調査の結果、推定約2万7,000件におよぶ機密ファイルが不正に参照された形跡があり、高度なスキルを持つ攻撃者による内部システムへの侵入が強く示唆されています。
日立製作所に関しても、海外拠点でのサイバー攻撃が明らかになっており、被害の実態が全貌解明に至っていないにもかかわらず、攻撃者がサプライチェーン上のセキュリティホールを突いた可能性が高いと指摘されています。
これらの事例からは、企業の規模や知名度にかかわらず、サイバーリスクは常に存在していることを示しています。自社だけでなく、委託先・取引先を含めたエコシステム全体のセキュリティ態勢を見直し、包括的なリスク管理を行う必要性がかつてなく高まっていることが明らかです。
サプライチェーン攻撃において注目すべきは、標的企業のセキュリティ体制を正面から破るのではなく、外部パートナーや連携先といった“周縁からの侵入経路”を活用するという間接的な攻撃構造です。たとえば以下のようなアプローチが、実際の手口として確認されています。
ここでは、代表的な手法の仕組みと、それぞれがもたらす潜在的なリスクについて詳述していきます。
最も巧妙で発見が困難な攻撃手段の一つが、正規のソフトウェア更新プログラムに不正なコードを潜ませる「サプライチェーン型マルウェア注入」です。利用者が通常のアップデートだと認識したまま実行することで、システム内部にバックドアが設置され、外部からの不正アクセスが可能になるという構造です。
これは、エンドユーザーの環境ではなくソフトウェアベンダー自体が侵害対象となる点に特徴があり、従来の利用者側でのセキュリティ対策では未然に防ぐことがきわめて困難です。実際に、SolarWinds社のインシデントのように、数万単位の組織に被害が連鎖的に拡大するリスクも存在し、影響範囲が広範かつ即時的に及ぶという点で、極めて危険性の高い手法と言えます。
現代の企業活動においては、アウトソーシングが不可欠な要素となっており、委託先や協力会社のセキュリティレベルが全体の情報保護体制に大きな影響を及ぼします。たとえば、システム開発や運用保守を外部ベンダーに任せている場合、そのベンダー側のインフラが侵害されると、攻撃者はその経路を踏み台として発注元企業のシステムにまで侵入を試みることがあります。
特に中小規模の外注先においては、人的リソースやセキュリティに関する専門知識が不足しがちであり、脆弱性が長期間放置されるリスクも高い状況にあります。攻撃者はこうした“防御の隙”を起点としてネットワークを横断し、最終的な標的へと段階的に到達する戦術をとるのが通例です。
企業にとっては、自社の防御だけではなく、取引先や外部委託先の情報セキュリティ状況を把握し、共通のセキュリティガイドラインの策定や定期的なセキュリティ監査の導入など、包括的な管理体制の確立が求められます。
一見日常的な業務の中にも、サプライチェーン攻撃の入口となり得る要素は数多く存在しています。たとえば、ファイル共有サービスやメール経由で送信される資料・リンクの中に、悪意あるコードやマルウェアが潜んでいるケースは決して珍しくありません。特に、委託先や既存の取引先から送られてくるファイルの場合、「信頼できる送信元」という先入観から、セキュリティチェックを行わずに開封されるリスクが高まります。
攻撃者はこのような“信頼の連鎖”を逆手に取り、心理的な油断を利用してシステム内部への侵入を図ります。近年では、業務上の通知や契約書を装ったフィッシングメールや、クラウドストレージを介して配布される感染済みのファイルなど、手口はより巧妙化し、外見から判別しにくいものへと進化しています。
サプライチェーン攻撃が非常に厄介である理由のひとつは、自社内部のセキュリティをどれほど強固に構築していても、外部の協力企業や委託先に存在する脆弱性を突かれて、結果的に被害を受けるリスクがあるという点です。つまり、セキュリティ対策は自社単独の取り組みでは不十分であり、取引ネットワーク全体を包括的に捉えたリスク管理が求められます。たとえば、以下のような施策が有効とされています。
ここでは、企業が今すぐ実行できる現実的かつ効果的な対策を4つの観点から見ていきましょう。
まず最優先すべきは、サプライチェーンに関わる取引先や委託先のセキュリティ状況を定期的に把握・評価する体制の構築です。セキュリティ対策が施されていない企業とのデータ連携は、大きなリスクを招く可能性があります。
セキュリティ評価リストの提出を求めるほか、外部監査結果や認証取得の状況を詳細にチェックするなど、明確な基準を設けて審査を実施することが不可欠です。特に、クラウドサービスの利用やシステム開発の委託先など、IT連携が深いパートナーに対しては、より厳密な評価体制を設ける必要があります。
近年注目されているセキュリティフレームワークの一つに「ゼロトラスト(Zero Trust)」モデルがあります。この概念は「いかなるアクセスも無条件に信用せず、常に検証を行う」という原則に基づいており、社内外を問わず全ての接続に対して都度認証および検証プロセスを適用します。
これにより、万が一外部からの侵入があったとしても、組織全体のIT資産への被害拡大を効果的に抑止可能です。従来のIPアドレスや端末固有情報に基づく自動許可を排除し、アクセス元のコンテキストやユーザーの権限、アクセス目的など多面的な要素を厳密に評価することで、セキュリティレベルを飛躍的に向上させることができます。
サイバー攻撃の多くは既知の脆弱性を突いてくるため、ソフトウェアやOS、各種サービスに関する脆弱性情報を継続的に把握し、速やかに修正パッチを適用する体制の構築が不可欠です。たとえ攻撃者が委託先や関連システムを突破したとしても、自社システムに未解決の脆弱性が存在しなければ、攻撃を阻止することが可能となります。
特に、インターネットに直結するサーバー、VPN機器、ブラウザなどの重要コンポーネントは優先的に管理・対策を講じる必要があります。また、パッチ適用の遅延を防止するため、運用プロセスの整備や自動更新の仕組みを導入しておくことが、被害軽減に向けた重要な要素となります。
いかに高度な技術対策を講じたとしても、最も脆弱な突破口となりやすいのは「人的ミス」であることに変わりはありません。そのため、社内の全従業員および関連企業の担当者に対し、定期的なセキュリティ教育を実施することが不可欠です。
具体的には、メール添付ファイルの不用意な開封回避や、不審なリンクへのアクセス禁止、パスワード管理の徹底といった基本的なセキュリティ意識の浸透が求められます。これらの対策だけでも、不正アクセスの成功率を大幅に低減させる効果があります。加えて、セキュリティインシデント発生時の報告ルートの明確化や、取引先との情報共有体制の文書化も、迅速な対応と被害最小化に直結する重要な施策となります。
本記事では、サプライチェーン攻撃の概要や代表的な手法、実際に発生した事例を解説し、企業が直ちに実践すべき対策を体系的にまとめました。
サプライチェーン攻撃は、一企業単独の問題にとどまらず、関係各社間の連携を通じて被害が連鎖的に拡大するリスクとして捉える必要があります。たとえ自社のセキュリティが高度に整備されていても、取引先や外注先のいずれかに弱点が存在すれば、その部分を突破口に被害が波及する恐れがあります。
こうしたリスク管理には、信頼できる外部パートナーの協力が不可欠です。アジアネットでは、企業の規模やニーズに応じて最適なネットワーク機器の選定から、社内LANの構築、通信インフラとセキュリティ対策をワンストップでご支援いたします。サプライチェーン全体の安全性向上と、社内外からの信頼獲得を目指す企業様は、ぜひお気軽にアジアネットまでご相談ください。