

SaaS(Software as a Service)は、ビジネスの効率化やコスト削減に大きく貢献する便利なサービスですが、利用には様々なセキュリティリスクが伴うということを念頭に置かなくてはなりません。特に近年、リモートワークの普及によりSaaS利用が急増する中、セキュリティインシデントも増加傾向にあります。
本記事では、SaaS利用時に注意すべき主要なセキュリティリスクを解説するとともに、企業規模別の課題や具体的な対策方法についてご紹介します。SaaSの利便性を最大限に活かしながら、安全に運用するためのポイントを押さえていきましょう。
目次
SaaSサービスの導入は業務効率化やリモートワーク環境の整備に効果を発揮しますが、様々なセキュリティリスクを伴います。従来のオンプレミス環境とは異なり、データやアプリケーションがクラウド上に存在するため、新たなセキュリティ上の脅威に対応する必要があります。
ここでは、SaaS利用時に特に注意すべき主要なセキュリティリスクについて見ていきましょう。
SaaSサービスを利用する際の深刻なリスクの一つがデータ漏洩や情報流出です。企業の機密情報や顧客の個人情報がクラウド上に保存されることで、サービス提供事業者側のセキュリティ対策不備や内部不正、設定ミスなどによる漏洩リスクが発生します。特に複数のSaaSサービス間でのデータ連携や、APIを介したデータのやり取りは、情報の流出経路となる可能性があります。これらのリスクへの対応を怠ると、企業の信頼低下や法的責任、さらには高額な損害賠償につながる可能性があるので、十分に注意しなくてはなりません。
SaaSサービスは基本的にインターネット経由でアクセスするため、ID・パスワードが漏洩すれば、世界中のどこからでも不正アクセスが可能です。一度アカウントが乗っ取られると、企業の重要データにアクセスされるだけでなく、正規ユーザーになりすまして社内外との連絡や取引を行われる危険性もあります。また、退職者のアカウント管理が不十分な場合、退職後も企業データにアクセス可能な状態が続き、意図的または偶発的な情報漏洩につながることもあります。
シャドーITとは、IT部門の承認や把握なしに従業員が個人的に導入・利用するSaaSサービスのことを指します。業務効率化のために便利なツールを導入したいという従業員の意図は良くても、セキュリティポリシーや法令遵守の観点から大きなリスクとなります。
また、セキュリティ脆弱性を持つサービスの利用や、個人アカウントでの業務データ処理により、情報漏洩やマルウェア感染のリスクが高まる一つの要因です。さらに、コンプライアンス違反やライセンス管理の問題も生じ、予期せぬコスト発生や監査時の問題にもつながります。シャドーITの存在は組織のセキュリティポリシーの形骸化を招き、セキュリティ体制全体を弱体化させる原因となります。
SaaSセキュリティへの対応は、企業の規模によって直面する課題や対策の優先度が大きく異なります。大企業と中小企業ではIT予算や人材リソース、組織構造などの面で差があるため、それぞれの状況に合わせたセキュリティ戦略が必要です。ここでは企業規模別に特有のSaaSセキュリティリスクと課題について解説します。
中小企業がSaaSを活用する際の最大の課題は、専門的なIT人材やセキュリティ知識の不足です。多くの中小企業では専任のIT部門が存在せず、限られた人材がセキュリティ対策と日常業務を兼任しているケースが一般的です。このため、SaaSサービスの選定や導入後のセキュリティ設定が適切に行われず、脆弱な状態で運用されることがあります。
また、コスト面での制約から、セキュリティ機能が十分でない安価なサービスを選択せざるを得ないこともあります。そして、中小企業特有の「家族的」な組織文化から、アクセス権限の分離が曖昧になりがちで、必要以上の権限が付与されるケースも少なくありません。一方で、SaaSの導入によりIT管理の負担が軽減され、本来の業務に集中できるというメリットは大きいため、セキュリティ対策とのバランスを取りながら活用していくことが求められます。
大企業におけるSaaSセキュリティの課題は、その複雑な組織構造と大規模なユーザー数に起因します。複数の部門や拠点が存在する大企業では、部門ごとに異なるSaaSサービスが導入され、全社的な可視性の確保が困難になります。特に部門間の連携が薄い場合、シャドーITの発生頻度が高く、IT部門の把握していないサービスが社内に無数に存在する状況を生み出すケースは珍しくありません。
また、大量のユーザーアカウント管理と適切なアクセス権限設定の維持は常に課題となり、人事異動や組織変更に伴うアクセス権限の更新遅延によるセキュリティホールが生じやすくなります。大企業にはIT予算や専門人材といったリソースはありますが、組織の規模と複雑さゆえに、SaaSの全社的な統制と効率的な管理の両立が大きな課題となっています。
SaaSサービスを安全に活用するためには、適切なセキュリティ対策の実施が不可欠です。クラウドサービスの特性を理解し、企業のセキュリティポリシーに沿った対策を講じることで、多くのリスクを軽減することができます。
ここでは、SaaSセキュリティ対策の基本となる重要な施策について解説します。企業規模や業種を問わず、これらの基本的な対策を確実に実施することが、セキュリティリスクから組織を守る重要なポイントです。
多要素認証(MFA)は、SaaSサービスのセキュリティを大幅に強化する効果的な対策の一つです。MFAは「知っているもの(パスワード)」に加えて、「持っているもの(スマートフォンなど)」や「自分自身の特徴(生体認証)」を組み合わせた認証方式で、たとえパスワードが漏洩してもアカウントへの不正アクセスを防止することができます。
近年のSaaSサービスのほとんどがMFAに対応しており、SMSやメールによるワンタイムパスワード、認証アプリの利用、物理セキュリティキーなど、様々な方法から組織に適したものを選択できます。MFAの導入により、フィッシング攻撃やパスワードリスト型攻撃などによるアカウント乗っ取りのリスクを大幅に低減できるため、特に重要なシステムや管理者アカウントには必須の対策といえるでしょう。ただし、利便性とのバランスを考慮し、リスクの高さに応じて適用範囲や認証方法を検討することも重要です。また、紛失や故障などの緊急時に備えたバックアッププロセスも併せて整備しておくことで、業務の継続性を確保することができます。
SaaSサービスのセキュリティ対策において、「最小権限の原則」に基づくアクセス権限管理は基本中の基本です。各ユーザーには業務に必要最小限の権限のみを付与し、データや機能へのアクセスを制限することで、内部不正や誤操作によるデータ漏洩リスクを低減できます。特に、管理者権限は厳格に管理し、真に必要な人員のみに限定することが重要です。
また、ロールベースのアクセス制御(RBAC)を採用し、職務や役割に応じた権限グループを設定することで、効率的かつ一貫性のある権限管理が可能になります。さらに、定期的なアクセス権限の棚卸しと見直しを実施することも欠かせません。人事異動や組織変更、プロジェクト終了などに伴い、不要となった権限が残り続ける「特権クリープ状態」を防ぐためには、四半期または半年ごとの見直しが効果的です。
そして、退職者のアカウント無効化プロセスも確実に実行し、退職後のアクセスを即時に遮断する仕組みを構築することで、元従業員による情報漏洩リスクを排除することができます。
データ暗号化は、SaaS上の重要情報を保護するための基本的かつ効果的な対策です。暗号化には「保存時の暗号化(Data at Rest)」と「転送時の暗号化(Data in Transit)」の両方を考慮する必要があります。保存時の暗号化では、クラウド上に保存されているデータが暗号化されていることを確認し、万が一サービス事業者のシステムが侵害されても、データが解読不能な状態であることを保証します。一方、転送時の暗号化では、データがインターネット上を移動する際にSSL/TLS通信を使用することで、通信経路上での盗聴や改ざんを防止しましょう。特に機密性の高いデータを扱う場合は、利用するSaaSサービスがAES-256などの強力な暗号化アルゴリズムを採用しているか確認することも重要です。
さらに一歩進んだ対策として、SaaS事業者ではなく利用者側が暗号鍵を管理する「顧客管理の暗号鍵(BYOK:Bring Your Own Key)」や、SaaS事業者でも復号できない状態でデータを保存する「ゼロ知識暗号化」を採用することで、より高いセキュリティレベルを実現できます。ただし、暗号化によって検索や処理機能に制限が生じる場合もあるため、業務への影響も考慮して適用範囲を決定することが望ましいでしょう。
テクノロジーによる対策だけでは完全なセキュリティを確保することはできません。最終的には、SaaSサービスを利用する従業員一人ひとりのセキュリティ意識が組織の防御ラインとなります。定期的なセキュリティトレーニングを実施し、フィッシング詐欺の見分け方や安全なパスワード管理、不審なメールへの対応など、基本的なセキュリティ知識を浸透させることが重要です。特に、クラウドサービス特有のリスクやセキュリティ対策について理解を深め、従業員がSaaSを安全に活用できるよう支援することが効果的です。
また、シャドーITの危険性を周知し、新しいサービスを導入する際の正しい手続きや承認プロセスを明確にすることで、無秩序なSaaS導入を防止できます。トレーニングは一度きりではなく、定期的に実施し、最新の脅威や対策について常に情報をアップデートすることが大切です。トレーニング後にはテストなどを用いてトレーニングの効果を測定し、理解度の低い分野を特定して重点的に教育することで、組織全体のセキュリティレベルを継続的に高めていくことが可能になります。
本記事では、SaaS利用時のセキュリティリスクとその対策について解説してきました。SaaSサービスの活用は業務効率化に大きく貢献する一方で、データ漏洩や不正アクセス、シャドーITなどの様々なリスクを伴います。これらのリスクは企業規模によっても異なり、中小企業ではIT人材の不足、大企業では複雑な管理体制という独自の課題が存在します。
こうしたリスクに対処するためには、多要素認証の導入や適切なアクセス権限管理、データ暗号化、そして従業員のセキュリティ意識向上など、基本的な対策を確実に実施することが重要です。組織全体でセキュリティへの意識を高め、適切な対策を講じることで、SaaSサービスの利便性を最大限に活かしながら、安全に業務を遂行することができます。クラウド時代のビジネスにおいて、SaaSセキュリティを経営課題の一つとして捉え、継続的な改善と対策の見直しを行っていきましょう。